「イベントベースド・マーケティング」の基本とAI時代の個人ニーズ予測:金融・保険業界に学ぶ
「ライフイベント」とは人生において起こる出来事全般を指します。
ライフイベントの中には、就職や結婚、退職など、その後の人生に大きく影響を及ぼすものが多くあり、人生設計をはじめ生活習慣や嗜好といった、購入や契約に関わる動機を大きく変化させます。
このため、ライフイベントの変化を捉えることはマーケティングの重要な機会を捉えることになります。
本記事では、イベントベースド・マーケティング(EBM)について、とくにライフイベントの把握が重要な役割を果たす金融・保険業界から学ぶ基本的な考え方と、AIがユーザー行動情報からどのようにライフイベントを捉え個人ニーズを予測/提案するかについて、ご紹介します。
ライフイベントへの理解は、顧客とのパーソナルで長期的な関係の構築に重要です
INDEX
ライフイベントを活用したイベントベースド・マーケティングの手法
– 1. 新規顧客の獲得
– 2. 顧客ロイヤリティの向上とリテンション
– 3. クロスセルの促進
ライフイベントの検知と個人ニーズ予測
– 金融・保険業界における金融取引情報
– ユーザー行動情報からのライフイベント検知と提案
まとめ
ライフイベントを活用したイベントベースド・マーケティングの手法
「イベントベースド・マーケティング」とは、顧客やユーザーの属性や行動情報からその人のライフイベントを把握し、それによって最適なタイミングとチャネルでアプローチする手法です。
いかにも効果がありそうですが、実際に効果をもたらすライフイベントは何があるか、どんな効果が得られるのかを見極める必要があります。
そこでまずは、イベントベースド・マーケティングの基本的な効果について、見ていきましょう。
1. 新規顧客の獲得
ライフイベントはユーザーがこれまで関心がなかった事柄に対して、関心を持つようになる転換点となる場合が少なくありません。たとえば銀行口座の変更や新規開設、保険契約のきっかけとなるライフイベントには次のようなものがあります。
・大学卒業と就職
・転職
・結婚
・出産
・退職または後期転職
・相続
こうしたライフイベントの利用例として、Google広告が提供する「ライフイベントターゲティング」があります。これは主にディスプレイ広告で活用可能なターゲティング手法です。上に挙げたような人生の節目を迎えるユーザーに対して、広告でアプローチすることを可能にします(1)。
これまで学資保険に関心のなかったユーザーであっても、子供の誕生により加入を検討するかもしれません。こうしたタイミングで、ユーザーの目に触れやすい広告を配信することは、新規顧客の獲得につながります。
2. 顧客ロイヤリティの向上とリテンション
ライフイベントは顧客のファン化やロイヤリティ向上にも重要な役割を果たします。
というのも、ライフイベントの把握が契約や購買といった実際的なコンバージョン行動に効果を発揮するだけではなく、ユーザーの心の機微をとらえたロイヤリティの向上にも効果的だからです。
アメリカのグリーティングカードメーカーの老舗であるホールマーク社は、イベントベースド・マーケティングを「特に人生の特別な瞬間に、個人的および感情的なレベルで消費者とつながり、企業の利益と消費者のロイヤルティの向上につながる反応を引き起こす」ことと定義しています(2)。
このもっとも単純な例は、誕生日グリーティングがあります。誕生日になると多数のサイトや企業から、「おめでとう」のメッセージがメールやDMで届くという方は多いのではないでしょうか。
顧客のライフイベントにお祝いや感謝を表すことは、企業と顧客とのパーソナルな関係を強調できます。
ただしこのグリーティングメールも、ただ「おめでとう」というだけでは十分にパーソナルとは言えません。
顧客の誕生日の情報は多くの企業が保管しているため、企業と顧客との特別な関係を協調するものではありません。
加えてその企業にしかできない、特別な情報が添えられていること、たとえばメールで紹介するコンテンツが顧客の関心に合うようにパーソナライズされているといったことも重要です。
顧客ロイヤリティとリテンションという観点では、パーソナルなライフイベントの活用も忘れてはいけません。
3. クロスセルの促進
結婚や就職といった大きなライフイベントが起こると、引っ越しや出産といったそれに関連した複数のライフイベントが起こる可能性が高いとされます。
例えば住宅ローンについて顧客が情報を探しているタイミングで、アンケートキャンペーンをサイトに表示したりメールで案内します。
資料とインセンティブを配布する代わりに、子供の有無や予定、住宅ローン以外にどんなサービスに興味があるかといった設問をいくつか用意してアンケートに回答してもらえば、さらに長期的なライフステージを視野に入れたクロスセルにも役立てることができます。
大きなライフイベントの把握は、クロスセルの機会を捉え、また顧客との長期的な関係構築にも役立ちます。
ライフイベントの検知と個人ニーズ予測
従来のイベントベースド・マーケティングであれば、タイミングを捉えていれば単純なシナリオ施策で十分だったかもしれません。
しかし顧客の人生設計や価値観が多様化するいま、AIを活用した複雑な対応が必要です。
金融・保険業界ではどのようにライフイベントを活用しているのでしょうか。
また、ECサイトなど他の多くの業種でも活用できるユーザー行動情報は、イベントベースド・マーケティングとどのように関わってくるのでしょうか。
金融・保険業界における金融取引情報
金融や保険業界に特有のAIが活用できるデータとしては、金融取引情報があります(3)。
金融取引情報を利用したAIによるマーケティング自動化の例は、すでに国内でも珍しいものではありません。
証券会社では、顧客の投資スタイルや金融目標に応じてポートフォリオを作成したり、あるいはロボ・アドバイザーを活用したりといった例があります。
銀行や保険会社では、取引履歴や利用状況に基づいて、金融商品をレコメンドしたり、保険料の割引を行ったりという例があります。
ただし金融取引情報をイベントベースド・マーケティングに活用する際の課題もあります。
第一にセキュリティ上の利用制限には配慮しなければなりません。間近では2022年の個人情報保護法の改正やCookie規制があり、こうした規制は今後も随時変化していく可能性があるので、常に配慮する必要があります。
第二に、AI活用に対する法規制への配慮です。AIによる金融商品の評価や推薦の影響はまだまだはかり知れません。グローバル/ドメスティック両方の規制の動向に注視しておく必要があります。
最後に、金融取引情報は重要なライフイベントの予測に最適な情報とは言えないということにも留意しておく必要があります。というのも、顧客は特定の金融機関のみと契約を行っているのではなく、複数の銀行をまたいで口座を持っている場合が普通であり、特定の金融機関が保有している取引情報は、顧客目線では断片的なものにすぎません。このため、金融取引情報のみからのAI検知をいくら精緻化しても、重要なライフイベントを見逃す可能性があります(4)。
ユーザー行動情報からのライフイベント検知と提案
ライフイベントを検知するのにもっと簡単な方法としては、ユーザー行動情報の活用があります。
すでに挙げた活用例にもありましたが、ページの閲覧やサイト内検索情報、メールやアプリのクリック情報からは、顧客が現在どんなことに関心をもっているかをある程度推測することができます。
ライフイベントの検知に役立つユーザー行動(イベント)を特定することさえできれば、それをトリガーに顧客のニーズに合っていると思われる施策や金融商品を提示できます。
ただしデータが膨大になると、ノイズが増えこのトリガーとなるイベントの見極めは容易ではありません。
そうした場合にはAIを活用すれば、より精緻化されたライフイベントの検知と提案の自動化が可能になります。
「住宅ローン」ページを閲覧した顧客のすべてが同じニーズを持っているわけではありません。
立地条件によっては火災保険に加えて災害保険の情報を探すかもしれませんし、マンションか戸建てか、子供はいるかといったさまざまなライフスタイルの違いも顧客の関心に影響します。
AIであれば、こうした細かいセグメントやトリガーにも適宜反応することができます。
上のような種類の顧客情報は、アンケート等から得られる情報で、ユーザー行動情報から直接的に取得することはできません。しかし、AIレコメンドの「協調フィルタリング」は、この問題をある程度解決します。
協調フィルタリングは、あるユーザーに対して、その人と似た行動をするユーザーの集合をもとに予測を行うため、特別なトリガー設定をしなくても自動的に、ライフイベントの推測に重要と思われるトリガーを自動的に検知して反応を返します。
たとえばすでに子供が複数いる人が「住宅ローン」の情報を探していたとして、AIは「住宅ローン」ページを回遊するユーザーの集合から、その人と似た行動をするユーザー集合をもとにニーズを予測します。
「住宅ローン」を回遊するユーザーの集合のなかに、さらに「学資積立」のページを閲覧したユーザーの集合があったとします。
このときAIは、子供がいるかどうかというゼロパーティデータを取得できていないとしても、「学資積立」に興味のあるユーザー集合から学習してパーソナライズされたデータを返すことができるのです。
このようにしてAIは「住宅ローン」ページの閲覧という単純な動作のみにとらわれず、集合から学習したさらに複雑な分岐シナリオを自動的に学習し、顧客によりパーソナルな提案を行っていきます。
最後に、AIでユーザー行動情報からライフイベントを検知するポイントは二つあります。
一つは、AIでビッグデータが活用できるという利点を活かし、複数のチャネルでできるだけ多くのユーザー行動情報を収集することです。
AIの場合、できるだけ多くのデータから学習を深めることで、多様化する個人のライフスタイルと、ライフイベントから集合的に予測される次のライフイベントとのバランスを最適な仕方で解釈することができます。
もう一つは属性情報や金融取引情報もAIの分析対象として、ユーザー行動情報から導出される仮説を補強することです。
こうしてパーソナライズされた提案は、アンケート情報のような、ライフステージを踏まえた長期的な関係を築く上でも重要です。
ロイヤリティのないサイトに対して、インセンティブ目当てにいきなりアンケート回答する顧客は必ずしも優良とは言えません。
日ごろから顧客のニーズに合ったキャンペーンやサービスを提示し、ロイヤリティを向上させてこそ、良質なコンバージョンが得られ、顧客との関係も強化されます。
まとめ
イベントベースド・マーケティングの基本について、とくに「ライフイベント」に敏感な金融・保険業界の例を用いてご紹介しました。
ライフイベントへの理解は、新規顧客の獲得はもちろん、顧客との長期的な関係を構築して、リテンションやクロスセルの促進にも非常に効果的です。
従来のマーケティングでは「結婚した」「住宅を購入した」「退職した」など個々のライフイベントをセグメントに切り取ってごく単純なシナリオ上で利用してきました。
しかし、今日では同じライフイベントを通過しても、多様なライフスタイルによって次の個人ニーズはさらに分岐してきます。
AIはこうした複雑化する個人ニーズに対して、協調フィルタリングを始めとする機械学習技術によって、精緻に対応することを可能にします。
それは自動的でこそあれ、ライフイベントを単なるセグメントの点としてではなく、個人の人生ステージ全体の中で意味のあるものとして、長期的な関係への道筋を描きます。
出典
(1) Google広告に関する本記事の記述は、2023年6月時点のものであり、今後変更される可能性があります。https://support.google.com/google-ads/answer/2497941?hl=ja#zippy=%2C%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88
(2) https://www.hallmarkbusiness.com/insights/article/life-event-marketing-an-effective-way-to-attract-and-keep-customers/
(3)金融業界のAIパーソナライゼーションの例については、下記の記事もぜひご参照ください。
「米国・EU圏で機運の高まる、金融業界の『パーソナライズド・マーケティング』」 https://www.silveregg.co.jp/archives/blog/2606
(4) https://www.nttdata-strategy.com/knowledge/reports/2021/0705/